
マーティン・スコセッシ
アメリカ/ニューヨーク市クィーンズ、フラッシング
Julia Cameron (m. 1975)イザベラ・ロッセリーニ (1979–1983)
Barbara De Fina (1985–1991)
Helen Morris (1999–present)
ロックの最盛期に青春時代を過ごしたこともあり、ザ・バンド、ローリング・ストーンズ、ヴァン・モリソン、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンなどの楽曲をしばしば作中に使用する。またザ・バンドの解散コンサートを撮った『ラスト・ワルツ』、ローリング・ストーンズを撮った『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』などの音楽関係の映像作品も多数手がけ、マイケル・ジャクソンのヒットナンバー『Bad』のミュージック・ビデオの監督も務めた。この作品は約16分間の短編映画のような構成となっている。また映画に関するドキュメンタリーも多数監督している他、古典映画の復元や再公開にも尽力している。
アカデミー賞に何度もノミネートされても一度も受賞がない「無冠の名監督」であったが、6度目のノミネート『ディパーテッド』により第79回アカデミー賞監督賞・作品賞を受賞。また、監督賞発表の際には、親交の深いフランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグがプレゼンターとして揃って登場するという演出がなされた。
2011年、テレビドラマ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街で第63回エミー賞ドラマ部門最優秀監督賞を受賞。 970年代に入ってから、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、ブライアン・デ・パルマといった若手監督たちと親交を深めるようになる。ブライアン・デ・パルマはスコセッシにロバート・デ・ニーロを紹介し、二人はその後多くの作品を共に制作することになる。
1972年、ロジャー・コーマンの元で『明日に処刑を…』を監督。続けてデ・ニーロ、ハーヴェイ・カイテル出演で『ミーン・ストリート』を監督。
1976年、デ・パルマに紹介されたポール・シュレイダーの脚本『タクシードライバー』を映画化、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞した。
1980年、デ・ニーロが熱望したボクシングのミドル級元チャンピオン、ジェイク・ラモッタの自伝『レイジング・ブル』を監督(脚本はポール・シュレイダー)、無骨なまでに妥協のないスタイルで主人公の病理を突き詰めたこの映画は公開当時、批評は賛否両論に激しく別れたが、デ・ニーロがアカデミー賞の主演男優賞を受賞し、今日では「1980年代最高のアメリカ映画」と高く評価される。
1970年代初頭から熱望していたギリシャの哲学者・小説家ニコス・カザンザキスの『キリスト最後のこころみ』の映画化『最後の誘惑』を1988年に実現(脚本はポール・シュレイダー)するが、キリスト教右派からの猛烈な抗議と暴力的な脅迫・上映妨害を受けることになる。 1987年発売の、マイケル・ジャクソンのアルバムBADの、約16分にも及ぶプロモーションビデオを手がけ、もはやPVではなく映画とも言われた完成度の映像を作り上げる。
1990年に発表した、アメリカのイタリア系マフィアの実態を描いた『グッドフェローズ』で、名実共に現代アメリカ映画で最も尊敬される映画作家としての地位に上り詰める。尚、同年には映画人として尊敬する黒澤明監督の『夢』にヴァン・ゴッホ役として出演した。翌年には『恐怖の岬』をリメイクしたスリラー『ケープ・フィアー』で初めての商業的な成功も納め、続いてピュリツァー賞受賞作家イーディス・ウォートンの『無垢の時代』を忠実に映画化した『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993)を発表、粗暴な男たちの身体的暴力の描写を得意とするというイメージを払拭し、社交界を舞台にした精神的な暴力に満ちあふれる偽善的世界をシャープな演出であぶり出し、その評価を不動のものにする。『グッドフェローズ』と同じ原作者ニコラス・ピレッジのノンフィクションに基づきラスヴェガスにおける組織犯罪のギャンブル支配を描く『カジノ』(1995)を監督、続いてまったく正反対の世界として、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世の前半生を忠実に映画化した『クンドゥン』(1997)を、ハリウッド資本ながらも低予算、出演者ほぼ全員を素人の亡命チベット人キャストで監督。自身が「私の監督作品なかで唯一、本当に愛することができる映画」と述べる。少年時代から悩まされていた持病の喘息が、この映画の製作中に治ってしまったという。
2001年の『ギャング・オブ・ニューヨーク』以降、それまでのスコセッシ作品とは比較にならない制作費をつぎ込んだ映画を発表するようになり、その3作品全てで主演を張ったのがレオナルド・ディカプリオである。『ギャング・オブ・ニューヨーク』はスコセッシ自らが1970年代から温めていた念願の企画で、ディカプリオが参加することで興行価値を見込まれてやっと出資が実現した。その後の『アビエイター』は逆にディカプリオ自身のプロダクションの旗揚げ作品で、スコセッシに監督を依頼して制作した。スコセッシがこの作品と『ディパーテッド』を監督した背景には『ギャング・オブ・ニューヨーク』の興行不振があったものと見られるが、皮肉にも自身の企画では無いこれら2作品が、アメリカ国内での興収1億ドルを突破した。なお、スコセッシは次回作の『沈黙』をハリウッド色の無い低予算で作ると語っている。
2011年、テレビドラマ「ボードウォーク・エンパイア 欲望の街」で、第63回エミー賞ドラマ部門最優秀監督賞を受賞。
By Posted on