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水谷豊 Picture

水谷豊

Born
水谷豊 , 日本・北海道空知郡芦別町
Birthday
1952-07-14
Occupation
Actor
Spouse(s)
伊藤蘭(1989年 - )
Years Active
1965年–
Biography
水谷 豊(みずたに ゆたか、1952年7月14日 - )は、日本の俳優、歌手。北海道空知郡芦別町(現:芦別市)出身。身長168cm、体重60kg、血液型はA型。トライサム所属。

1970年『その人は女教師』(共演:岩下志麻)で映画デビューを果たす。
1972年7月スタートの日本テレビのドラマ『太陽にほえろ!』第1回に犯人役で出演している(日本テレビの思惑で基礎からしっかりとした演技が出来る者を共演させ補う為に抜擢された、松田優作の際にも同様の理由で出演)。
1974年10月、日本テレビのドラマ『傷だらけの天使』に出演。深作欣二ら名だたる映画監督が演出したものの、当時は視聴率が伸び悩んだ。しかし視聴者からは当初より高く評価され、放送終了後も「名作」としての地位を得ており、DVD化されている。後に、主演の萩原健一に対して「兄貴ぃー!」と呼び掛けるセリフをとんねるずらがモノマネしたことなどから、放送当時を知らない若者にも知られるようになった。この作品で初めてコンビを組んだ萩原を永遠の兄貴だと語っている。この作品で共演した岸田森に「豊には見ている人にその役が素だと思わせるような役者になってほしい。豊はそれが出来るやつだと思っている」と助言をされ、その言葉を今も大切に思っている。
1975年の映画『東京湾炎上』では、脚本を読んで予定の役柄とは逆の立場のテロリスト役を志願した。同じ日本人でありながら、大義のために日本人を追いつめる役を演じた。1976年にはATG映画『青春の殺人者』でキネマ旬報賞主演男優賞を最年少で受賞するなど、早くから演技力の高さが評価されていた。
1977年「はーばーらいと」(作詞:松本隆、作曲:井上陽水)で歌手デビュー。「表参道軟派ストリート」(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)や「カリフォルニア・コネクション」(作詞:阿木燿子、作曲:平尾昌晃)をヒットさせる。
同年の『赤い激流』でピアニスト役を演じた。35万円でピアノを購入し、全くの素人だったが猛練習の末、4日目にはエリーゼのためにを全曲弾けるようになりピアノの先生に驚かれた事を自慢としている[3]。『赤い激流』で「英雄ポロネーズ」を弾いたが、『相棒』シーズン3第15話「殺しのピアノ」(2005年)で再び同じ曲を弾く場面を演じる事となった。
1978年10月、最高視聴率46.7%をたたき出したという伝説のドラマ『熱中時代(教師編)』の主演で大ブレイク、視聴率の取れるTV界のスターとなり、それまで根付いていたアウトロー的なイメージを払拭させた。主人公北野広大のキャラクターが「理想の教師像」として社会現象となったり、特徴的な訛りのある口調が流行となるなど、一気にファンの幅を広げた。この人気を受けて『熱中時代』のタイトルだけを継承し、設定を一新した『熱中時代(刑事編)』もその後放送された。更に『教師編』は後に続編が1作、単発の2時間スペシャルドラマが3本作られた。後に共演する寺脇康文は『熱中時代』の時のモノマネが得意なほどの水谷ファン。
1986年の「Unlimited Night Concert」を最後に音楽活動を休止。水谷曰く「芝居の台詞と違って、決められたリズムの中で歌わなければいけない音楽の世界では歌の主人公のイメージが充分表現しきれていない。しかし、コンサート会場はいつもいっぱいでそんな現実と自分の想いのギャップに違和感を覚えていた」とのこと。

近年は『相棒』などのレギュラードラマや2時間ドラマ(『地方記者・立花陽介』、『探偵 左文字進』など)もシリーズ化されるなど、今なお、幅広い層から支持を受けている。
Filmography 
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